いつもありがとうございます。
ツイてる抗加齢(アンチエイジング)実践家てるです。
毎日毎日、多くのステキなことがあり、感謝しています。
◆震災関連
巨大津波、生かされなかった地下からの「警告」
古文書にない地震、津波堆積物で推測可能
節電方法はいろいろありますが、服装も一つの方法で、
私もかつてアイビーのよい教えを学びましたが、
今でも大変役に立っています。
私のライフワーク:質の高い健康とより幸福・豊かな人生を実現するお手伝い。
私が発明しているのは、「人類を救う宇宙人」であるという可能性です。
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米国大学生の日常生活を、服装中心に取材した写真集「TAKE IVY」(婦人画報社)が半世紀近くたったいま、大ブレーク中。英語版に続きオランダ語版が米国から出版され、後書きにこうある。「変わることは良いこと、でも変わらないことはもっと良いこと」
写真集は今から46年前、1965年のちょうどいまごろつくられた。米東部に点在する「アイビー・リーグ」と呼ばれるエリート8校を取材すべく、8人のクルーを組んで渡米した。65年というと、東京オリンピックの翌年で、海外旅行が自由化されたばかりであった。1ドル360円、持ち出せるドルは500ドルなど、不自由な時代だった。
そもそも、この企画を思いついたのはVANの石津謙介社長。「みゆき族」の出現(64年)など、若者ファッションが注目を浴び、VANの売り上げは急上昇したが、世間の目は厳しかった。みゆき族イコール、アイビー、不良と結びつけた。本物のアイビースタイルを日本に紹介することで、アイビーまがいのファッションに歯止めをかけたかったのだ。
急きょ取材クルーが編成された。VAN3名、映画班4名(ねらいは写真集ではなく記録映画製作だった)、スチールカメラマン1名、計8名。幸いなことに、わたしはその中の1人として選ばれた。その知らせを聞いた時の感激はいまも忘れることはない。あこがれのアメリカ、しかもアイビーの本場へ行けるのだ、うれしくない訳がない。
2週間で8校を回るスケジュールで出発したが、時間が足りず6校しか取材できなかった。いま思えば、かなりの強行軍だったが、全員初渡米で興奮状態だったので疲れも感じなかった。行く先々の大学校舎の美しさにため息をつく毎日だった。
恥ずかしい話だが、実は渡米するまで、アイビーの大学生はスーツを着て、ボタンダウン・シャツにレジメンタルストライプのネクタイをきっちり結んでいるに違いないと、勝手に思い込んでいた。ところがホンモノはスーツどころか、ブレザーを着ている人すらいない。季節もあっただろうが、ほとんどがシャツ1枚、それも洗いざらしのヨレヨレ。下はコットンパンツかバミューダショーツ。足元に目をやればはだしに穴の開いたスニーカー。現実との落差にショックを受けたのはわたしだけではなかった。アイビーは貧乏臭いカッコをしていると、皆落胆した。
日を追うごとに、彼らのスタイルが分かりかけてきた。わが国でも戦前の旧制高等学校の生徒たちが好んだ「ばんカラ」と根は同じだと。アイビースタイルがばんカラとは言わないが、「質実剛健」、学生らしい質素な服装だったのである。
3・11以降、「節電」「節約」が叫ばれている。服に対する考え方を改めるいい機会である。流行に左右されない服、変わらない服。46年経ったいま理解できるアイビーのスピリット。
【プロフィル】くろすとしゆき 昭和9年東京生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。36年、ヴァンヂャケットに入社。「Kent」ブランドを立ち上げるなど、主に商品開発を手がけた。45年に退社し、その後はファッション評論家として活躍。多数の著書があるが、とくに『トラッド歳時記』と『トラッド覚え書』はアイビーファンのバイブル的存在として知られる。
(出典:産経新聞)
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